AI量産時代の終焉。元WBS記者・下矢一良が語る「メディアに選ばれる」究極のストーリーテリング
下 矢 一 良(しもや・いちりょう)という名を聞いて、日本の広報担当者や経営者でピンと来ない者はいないだろう。テレビ東京の経済番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」のディレクターとして長年メディアの最前線に立ち、現在はPRコンサルタントとして数々の企業をメディア露出へと導いてきた人物だ。AIによるコンテンツ生成が爆発的に普及した2026年現在、彼の提唱する「メディアの視点に立った情報発信」が、再び大きな注目を集めている。
毎日何百通と届くプレスリリースの中から、記者が思わず手を止める原稿には何が書かれているのか。多くの企業がAIツールを使って効率的にリリースを量産する中、下 矢 一 良氏が説く「人間味のあるストーリー」と「社会的な文脈」の融合は、埋もれないための唯一の武器となっている。テクノロジーが進歩したからこそ、受け手であるメディアの「人としての感情」を動かす技術が求められているのだ。
AIプレスリリースがゴミ箱行きになる時代

「ボタン一つで1分で完成」。そんなAIツールを使ったプレスリリースの作成は、2026年のビジネス現場において日常茶飯事となった。しかし、その結果何が起きたか。メディアのメールボックスは、完璧だが味気ない、似たような文面のリリースで溢れかえっている。
テレビ局や新聞社の記者は、AIが書いたと見透かせる文章を瞬時に見捨てている。彼らが求めているのは、美しく整った言葉ではない。その裏にある、開発者の葛藤や、社会に対する強い問題意識だ。情報のコモディティ化が進む今こそ、人間の泥臭いストーリーが価値を持つ。
元WBSディレクターが明かす「テレビマンの脳内」

テレビ東京で数々のヒット企画を世に送り出してきた経験から、メディア関係者がどのような基準でネタを選定しているのかを熟知している。彼らの判断基準は極めてシンプルだ。「今、これを放送する社会的意味があるか」、そして「視聴者が面白いと思うか」の2点に尽きる。
多くの企業は「自分たちが売りたいもの」をアピールしがちだが、それはメディアにとって広告でしかなく、ニュースではない。メディアが求めているのは、社会のトレンドを切り取るための「ピース」としての情報だ。この視点の転換ができるかどうかが、取材されるかスルーされるかの境界線となる。
2026年の広報に求められる「巻き込み力」の再定義

かつてのPRは、一方的な情報発信(パブリシティ)で十分な場合もあった。しかし、情報が飽和した現代社会では、周囲を巻き込む力、すなわち「巻き込み力」が不可欠だ。これは単にメディアを巻き込むだけでなく、自社の社員や顧客、ひいては社会全体をファンにしていくプロセスを指す。
一方通行の宣言ではなく、双方向のコミュニケーションをデザインすること。自社のビジョンに共感してもらい、一緒に社会を良くしていく仲間を増やすという視点を持つことが、結果として最も強力なPR効果を生み出すことになる。
なぜあなたの会社のニュースは「スルー」されるのか
「画期的な新商品を開発しました」「業界初のサービスを開始します」。これらの言葉は、一見魅力的だが、メディアにとっては聞き飽きたフレーズだ。主語が「我が社」になっているニュースは、ほぼ例外なくスルーされる。
スルーされないためには、主語を「社会」または「生活者」に変える必要がある。「この商品によって、社会のどんな課題が解決されるのか」「人々の生活がどう変わるのか」という文脈を提示しなければ、記者の心には響かない。自社都合の情報を、いかに社会の関心事に翻訳できるかが勝負の分かれ目だ。
下矢メソッドが教える「社会性」と「人間味」の黄金比率
数々の企業を成功に導いてきた手法の核心は、「社会性」と「人間味」の絶妙なバランスにある。どれだけ社会的に意義のある事業であっても、そこに働く人の顔や情熱が見えなければ、ニュースとして面白みに欠ける。逆に、個人の熱意だけで社会的な広がりがないネタは、単なる身内の美談で終わってしまう。
この二つの要素を掛け合わせることで、初めてメディアが飛びつく「生きたニュース」が完成する。プレスリリースを書く前に、まずは「なぜこの事業をやるのか」「誰のどんな痛みを解決したいのか」という原点に立ち返ることが推奨される。
メディアとの信頼関係をゼロから築くための具体策
コネがないとテレビや新聞に取り上げてもらえない、というのは大きな誤解だ。メディア関係者も、常に新しいネタや面白い企画を探している。重要なのは、彼らにとって「信頼できる情報源(ソース)」になることだ。
一度のリリースで諦めるのではなく、業界の動向や有益な情報を無償で提供し続けるようなギブの精神が求められる。記者の良き理解者となり、彼らの番組作りや記事執筆をサポートする姿勢を示すこと。それこそが、長期にわたってメディアに愛され続けるための、最も地道で最も確実な近道なのだ。 (出典: 下 矢 一 良(Yahoo!ニュース))